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蛸壺の歴史

兵庫県の明石がその発祥の地といわれ、周辺の遺跡からも蛸壺が発見され、その歴史も弥生時代まで遡る。その後、蛸壺漁法は同心円状に広がりを見せ、古墳時代後期以降になると瀬戸内海一円に広がり九州北部にも散見されるようになる。なお、北海道などでは四角い蛸箱が使われる。

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蛸壺と文学
松尾芭蕉

蛸壺やはかなき夢を夏の月
”夏の月が、こうこうと夜の海面を照らす海の底で、蛸壺のタコは捕らわれの身とも知らず、なんとはかない夢をむさぼっていることだろう”という意味に解されている。また、”はかなき夢”には、平家一門にまつわる哀れを重ね合わせているという解釈もある。

元文3年(1740年)江戸生れの俳人・松岡青蘿が、明和5年(1768年)、芭蕉75回忌にあたって、明石人丸月照寺境内に「蛸壺塚」を建立している。

その他
蛸壺が大抵小さいことから、転じて一人用の塹壕、いわゆる「蛸壺壕」という用語として軍関係者から言われている。
隠語の一つとして、女性器の名器を「蛸壺」と表現することがある。

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2009年04月27日 09:09に投稿されたエントリーのページです。

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